東急ハーヴェストクラブ軽井沢/VIALA annex軽井沢/VIALA軽井沢Retreat/旧軽井沢・旧軽井沢アネックス

軽井沢高原教会
新緑が芽吹くみずみずしい季節を迎えた、
日本有数の別荘地・軽井沢。
木立の中に佇む趣ある建物を眺めながら
小径を散策するだけでも清々しい気分に浸れる。
そんな軽井沢には歴史とともに歩んだ名建築も点在している。
今回の特集では、
軽井沢ブランドの始まりに影響を与えた建築にフォーカスしたい。
旧軽井沢ロータリーから白糸の滝方面に伸びる三笠通りを北上すると、やがて右手にレトロな西洋風の建物が姿を見せる。この優美な洋館は、通り名の由来にもなっている「旧三笠ホテル」だ。竣工は1905(明治38)年。日本郵船や明治製菓の重役を務めた実業家・山本直良がポケットマネーで建てたというから驚きである。開業時は避暑に訪れる外国人たちが利用し、その後、日本の政財界人や文人墨客たちが数多く滞在するようになり、軽井沢ブランドの礎を築く一役を担った。ホテルとしての営業は1970(昭和45)年に終了し、軽井沢町に寄贈されるとともに国の重要文化財に指定され、一般公開されていた。しかし、令和2年より閉館して保存修理工事が行われ、昨年10月から再公開されている。
建物の設計者は、英国で設計を学んだ岡田時太郎。この建物は、八角形の塔屋や軒を支えるブラケット、窓の白い太枠が印象的な木造の西洋建築である。館内のシャンデリアやタイル、カーペットなどは英国から輸入されたもので、当時の最高級の建材が多用されている。
入口すぐのロビーは、もともとダイニングルームだったところで、著名人たちが集っていた往時の写真も展示されている。このほか、スイートタイプの客室や廊下などが公開されているほか、客室を活用したカフェやホテルの歴史を伝えるパネル展示、ミュージアムショップも設けられている。また、舞踏会に行くようなドレスもレンタルすることができるので、往時の空気を身にまとい、窓の外の木々を見ながらカフェでお茶を愉しむタイムスリップ体験もおすすめだ。




中軽井沢から国道146号を北上した軽井沢星野エリアの森の中に佇む「軽井沢高原教会」。大きな三角屋根が印象的で、教会内は木の優しい質感に囲まれた天井の高い大空間が広がる。正面の祭壇の後ろには大きなガラスの三角窓が設えられ、森の神々しさが感じられる。
この教会の由緒は、1921(大正10)年に遡る。北原白秋や島崎藤村らが星野温泉に集い、真に豊かな心を求めて熱く語り合う、「芸術自由教育講習会」が開かれた。その材木小屋を改装した粗末な会場が、内村鑑三により「星野遊学堂」と名付けられた。老朽化により解体後、講習会の講師の一人だった作家・牧師の沖野岩三郎が牧師となって「浅間高原教会」に生まれかわった。その後、1965年(昭和40年)現在の地に場所を移し、「星野遊学堂」として教会が建てられた。1974年(昭和49年)「軽井沢高原教会」に改名し、現在に至るという。いまも人々が集う開かれた教会という精神は変わらず、自由に拝観できるのでぜひ訪れてみては。
また、教会の隣に佇む牧師館もぜひ訪れたいところ。牧師の書斎として使われているが、教会の歴史を伝える展示や教会で挙式をした方々の写真やメッセージも見ることができる。
旧軽井沢銀座から旧中山道を見晴台方面に向かって歩いてゆくと、左手の森の中に木造の「ショー記念礼拝堂」が見えてくる。ここはカナダ人宣教師のA.C.ショーが創設した軽井沢で最初に建てられた教会だ。A.C.ショーは軽井沢に初めて別荘を築き、当地の繁栄の一助となったことから軽井沢の恩人とも呼ばれている。
教会の原形は1895(明治28)年に建立され、その後大正期の増改築を経て今日に至る。建物は上から見ると十字架型の正統派教会建築で、当初は避暑の期間のみ使用されていたこともあり、窓も多く風通しが良い。祭壇横には当時のリードオルガンも置かれ、現在も毎週日曜日に礼拝が行われている。
敷地内には自由に見学できるショーハウス記念館もあり、夏の期間滞在していた居室やホール、食堂、寝室などを見ることができるので、往時に思いを馳せてみてはいかがだろうか。
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